右の腕にある慣れた刺激が走って、オレは呻きをあげる。

じきにこの刺激は全身に回って足の先まで残らずオレの全てをぐちゃぐちゃに侵すだろう。

潰れた呻きにすぐに反応するのは恋人。一介の中忍だったオレには過ぎた人で「写輪眼のカカシ」の通り名は里の内外に広く知れ渡っている。一流の忍びだ。

一際ひどい刺激が腹を走って思わず身を丸くすると、カカシが慌ててオレを覗き見る気配がした。でも動かない。何かをしようとしてそれを躊躇している。

そのことをこの人は、オレが気付かないと思っているのだろうか。

足を切り落とされるような痛みに他人のことなどすぐにかまっていられなくなり、のた打ち回ると、彼はようやく我に返って医者を呼んだ。

駆けつけた医者が注射器を取り出してオレの腕を取ろうとするが触れたところから針千本つきたてられてとっさに払う。痛みにしばらく暴れるとカカシが乗り出してオレを取り押さえる。突き刺さる痛みにあらん限りの力で押しのけようとするが、上から覆いかぶさる彼はびくりともしない。

オレはみっともなく声をあげた。


can't look the other way



ぼんやりと意識が覚醒すると、すぐ隣に人の気配がする。どうやら彼も眠っているようだ。このところ目を覚ますとこうしてカカシが触れないぎりぎりのところで眠っているのが当たり前になった。

気配のする左に顔を向けても彼は起きなかった。以前はこちらの少しの変化にも目を覚ましたが、不規則に苦しみ出すオレに付き合って彼も疲れているのだろう。目を伏せる彼の顔には憔悴がありありと映っている。

オレが苦しむのは自分のせいだと彼は自責の念に駆られ、オレが呻きをあげてから医者を呼ぶまでの時間に彼はいつも葛藤している。

つまり、いっそオレを楽にするか、しないか。

彼が何を考えて何をためらっているのか、オレは知っている。そのことを彼は知らない。

オレがこんな身体になったのにこの人は傲慢にも罪悪感を感じている。そんな必要はないと、医者を呼ぶまでに随分と時間のかかるようになったカカシにいつも思う。

これは自分自身の不始末だ。敵にどのような意図があったかなど関係がない。それをねじ伏せる力が恥ずかしながらオレにはなかった。それだけのことだ。

ただ、カカシの思い込みを訂正しないのは、醜いオレの鎖だ。彼を自分につなぎとめておくための。

カカシが罪の意識で葛藤しているあいだ、カカシはオレのものだ。看病に疲れてオレを放っておこうと思っても責任感の強い彼のことだ、捨てることはできないだろう。

カカシに忘れられるなんてとてもじゃないが耐えられない。

本当のところ、早くこの苦痛から解放されたい。痛みに快感を覚えるなんてことは間違ってもないからオレはマゾではないのだろう。

死んだ方がいっそ楽だともがいている間はいつも思う。

しかし薬で身体が麻痺して何も感じなくなると、余計なことを考えてしまう。

たとえば、オレが死んだあとこの人はどうするのか、とか。

オレもそうだがカカシもめったやたらと好きだとか愛しているだとか言うほうではないが、この人の愛情は疑うものではない。

だからオレが死んだら悲しむだろう。そのためにカカシはどれだけ迷ってもオレを楽にすることができない。それなりに長い時間を共に過ごした中でもこれまで一度だって見たことがないが、彼は泣くかもしれない。ひょっとしたら後を追うだろうか。

カカシに惜しまれるのは嬉しい。これまでにオレが彼に向けた愛情を確かに受け止めて同じだけの愛情を返されている気がする。だからかえって一緒に過ごしたその優しい時間が、オレに彼を悲しませるなという、道連れにするなという。

長い人生だ、このさきオレを忘れてカカシは幸せになることができる。とうぜんそれを認めてそうあることを願うべきだ。

それなのにカカシが別の人間と築く幸せを嫌だと叫ぶ自分がいる。そんなものはなくていい、破壊したいと妬む心は、身体があげる悲鳴よりもずっと甲高く苦痛にもがく。

死んでしまえば何を思うこともなく何も関係なくなるというのにこの独占欲!

愛情を疑うべくもないといいつつも彼の罪悪感を利用してまでつなぎ止めておこうとするこの矛盾!

カカシのなかからいなくなるなんて耐えられない。


愛しい銀の髪が精彩を欠いてシーツに広がっている。冷たそうに光るその髪に手を差し込めばその見た目に反してほの温かいのをオレは知っている。

カカシの意識のあるうちは決してオレに触らないし、何気なく手を伸ばしても慎重に触らせない。

それでも、オレは知っているのだ、彼の熱を。わずかな温もりだって忘れることができない。

寝息さえも静かに眠るカカシ。そうっと、彼がオレに触らせないように慎重になるのよりももっと慎重に手を伸ばしやつれた頬にかかった髪を払った。

ピリピリと痛みが走ったのは一瞬で、カカシは敵の襲撃に遭ったときのすばやさと警戒心で飛び起きた。行き場をなくした手のひらがカカシの頭が伏せていたあたりに落ちるのをカカシは息を詰めて見ていた。

「そんなに敏感にならなくても大丈夫ですよ。まだ薬が効いてますから」

苦い思いでオレが言うとカカシはあからさまに安堵のため息をついてかぶりをふった。

「ええ、ええ。……そうですね」

ああ、でもつらい。

生きて痛みにもがくのも、死んでその後を妬むのも、どちらもつらい。

でも、目の前にカカシがいて、そのカカシがウサギの臆病さでオレを拒むのに直面するのが一番つらい。たとえそれが彼なりの思いやりだとしてもだ。

「…ねえ、カカシさん、くるしいよ」

きつく眉根を寄せて言えば条件反射でカカシの右手は太ももに伸びて、その白い指がホルスターに触れると小さくはねて拳に変わった。

「いま、医者を」

「そうじゃなくて、カカシさん、あんたがオレに触るのはいつ?」

単刀直入に切り込むとカカシは身体をこわばらせて、それから無理やり笑い顔を作ろうと口角を上げたがカカシの試みは失敗でひどく歪な表情だった。

「アナタのからだが治ったときです」

「じゃあいま、いま治してください」

たぶんこれは、カカシの望んでいた言葉だ。いや、オレの死を望んでいたわけではないと思うが、答えを出せない彼が求めたオレの決断だ。にもかかわらずカカシはわからないふりをした。

「今はむりですよ、まだ研究中ですから」

「そうゆう話じゃない。わかってるだろ」

カカシの片一方だけ露なけぶる青のガラス玉を見据えた。カカシはひどく怯えて見えた。

「薬はもうもたない、研究を待ってたらきっとオレは発狂する。あんただっていつも迷ってるじゃないか」

カカシは何か反論しようと口を開いたが彼のなかに渦巻く言葉はうまくつかまらずむなしく閉じた。

「最後に感じるのがあなたなら、オレは本望ですよ」

オレはカカシを見つめた。カカシはオレを睨んだ。しばらく二人は少しも動かないで対峙した。

カカシの拳が再びホルスターにのびて、オレは小さく首を横に振った。

カカシの手にかかるのは本望だが、それは冷たい刃物ではない。

「あなたの熱い手のひらがいい」

カカシはオレの言葉の意味を正しく理解して、再び拳にかえた。

顔の中身が真ん中へ向けて皺を作った。

ああ、そんな顔するな。

いや、あんたにはつらい思いをさせるだろう。

でもどんな終末を迎えようとたぶんカカシはつらいのだ。

だったら、オレのわがままを聞いてほしい。

「あなたに触れたい。あなたと触れ合えるなら死んでもいい。あなたを苦しめることになったってかまわないんです。そんなふうにあなたを愛しているんです」

身体を起こして手を伸ばした。カカシのやつれて紙のような頬はそれでも以前のようにオレに熱を伝える。その熱に沸きあがる歓喜に比べたら突き刺さる痛みなど大したことはないのだ。

頬に触れるオレの手を捉えてカカシは間合いを詰めた。

あと少し前に乗り出せば触れる位置でカカシは止まる。こうなってからはこの距離以上は詰めたことがない。

カカシはいつものように呼吸を止める。潜めた息に焦れる。

あと少し、身を乗り出せば触れる、その距離をオレは自分で埋めてしまいたいと強く思う。そうしてしまうのは簡単だ。それでも最後に決断を下すのはカカシだ。カカシが決断せねば意味はないのだ。

捉えられていた手を強く握られて思わず眉根を寄せる。痛いのはオレなのに、それ以上に痛そうな顔でカカシは顔を歪めた。

見開いてオレを見つめるカカシの眼はたちまち曇り、水の膜を張る。堪らなそうに彼はまぶたをきつく閉じて、溢れた生暖かいしずくがオレの手を濡らした。

鼻先をつき合わせて先に目を閉じるのはいつも自分であったはずだ。

カカシはオレの手を握る手に力を込めて、嗚咽をこらえて吐息を漏らした。

「オレは、……オレは、いやです。アンタがどんなに苦しもうと、それこそ狂ってしまっても、オレ、…オレは、アンタが生きているならそれでいい」

彼の流す涙はとめどなく溢れてオレの手を打つ滝になった。

生きている間には見る予定のなかったそれをどうする術もオレは持たなかった。

カカシに惜しまれるのは確かに嬉しい。

でも、こんなのは困る。

「オレは、オレに触れないあなたを見るのはもう限界」

ほんとうに限界なんだ。