もっと過酷な任務だってたくさん経験したけどさ。
でもぽつりぽつりとしか明かりのついてない時間に里に帰ってくると、やっぱり今日もつかれたなあ、って思うじゃない。
それから暗い家に帰って自分のために飯を用意して食べてなんて、帰るのも億劫だなあ、なんて思うときもあるのよ。というか、今まさに。こういうことをうっかり漏らすと二言目には「所帯を持て」なんて言われるから言わないけど。
それでも一日肉体労働していたわけだから腹は減ってて、我慢してできないことはないけど、必要もないのに我慢なんてできればしたくない。
コンビニで弁当を買って帰ろうかなあと思って、でもたとえできてる物を温めるだけだといっても人の手で作って出してもらいたいと思う。ので、深夜まで営業している木の葉屋という丼を出してくれる店に寄った。定食をたのむとごはんがおかわり自由なんです。
自動に開いた入り口から温かい空気が流れてきて少しホッとする。
それから券売機で定食の券を買ってどの席にしようか、とちょっと眺めると知った顔がこっちを見ていた。
驚いた顔をしてオレを見ているのは、オレがはじめて上忍師を担当した下忍たちのアカデミー時代の先生で、受付業務も兼任しているからときどき顔を会わす人だ。名前をイルカ先生という。
オレはイルカ先生の横に席を決めた。
「こんばんは、こんなところでお会いするなんて奇遇ですねえ」
「こんばんは。今お帰りですか、お疲れさまです」
券を店員に渡しながらイルカ先生にあいさつすると先生は破顔一笑。うん、いい笑顔。この人だってこんな時間にこんなところで飯食ってんだからオレと同じで疲れてるんだろうになあ。
「どーも。イルカ先生こそ」
お疲れさま、と言うとイルカ先生はあはは、と笑った。
そうしている間にごゆっくりどうぞ、とオレの前に定食が置かれた。割り箸を割り手を合わせて、
「いただきます」
というと横から、
「どうぞ」
と声がかかった。ちょっとおかしい。アンタが作ったわけじゃないのに。
得意の早食いでごはんをぺろりと平らげておかわりを頼んだ。
「やっぱりおコメを食べないとからだが持ちませんからねー」
「でも、カカシ先生って意外と庶民的なんですね。カカシ先生は上忍だから中忍なんかじゃ足を踏み入れることもできないようなお店で食べてるんだと思ってました」
確かにそういうところで食べることもあるけどね、でもオレが里に帰ってくる時間にはたいていが閉まっている。
「どんなイメージですか」
「ははは、そんなイメージです」
「なんですかそれ。でもオレに言わせればアナタの方が意外ですよ。ラーメンか、でなければ自分で作ってそうじゃないですか」
担当だった下忍のナルトを情報源とするとイルカ先生とラーメンはセットだ。イルカ先生は口の中で「ナルトのやつ」と悪態をついた。
「や、そうしたいのはやまやまなんですけどね。ひとり分を作るのってどうも面倒で。ひとり分の材料を買おうと思うとかえって高くついたり、だからって作り置きしても残業が入ったり付き合いがあったりで結局痛めて終わり、なんてもったいないですし。それに静かな部屋でひとり食べるのもアレじゃないですか、だったらこういうところのほうが。そんなに高いわけでもありませんし」
ちょっと口早に言う。それはまさにオレが思ったことと同じことで、わけもなく嬉しくなった。
「おかわりも自由ですし。わかります」
イルカ先生が同じく定食をつついているのを視界の隅に見ながら同意を示した。するとイルカ先生はまた驚いた顔をした。ありありと意外という文字が読み取れるようだ。
「カカシ先生でも料理とかされるんですか」
「んー、たまにはね。意外ですか」
「はい」
そんな感心したみたいに頷かなくても。
「そんなイメージですかー、はは」
悪びれもなく一緒になって笑うイルカ先生のなんでもない笑顔に少しだけてれが混じる。
あ。
なんか、なんか、
「アンタってけっこうかわいいね」
「はい?」
すみません聞き逃しました、ってイルカ先生は笑った顔のままオレを覗き込む。
とりあえずそれはなかったことにして、
「いえ。今度アナタにごちそうしますよ」
「手料理ですか?」
きょとんとした顔のイルカ先生。
「中忍じゃあ足を踏み入れることのできないようなお店でもいいですよ」
「あっ、カカシ先生、あなた嫌味なひとですね!」
ふふ、そんなことないです。
「ね、ね、約束ですよ」
「えー」
不満そうな声をあげながら、イルカ先生の顔はちっともそんなこと思ってないって言ってる。それがなにやらうれしい。
「約束しましたからね」
イルカ先生は何も答えずに笑うばかりだったけどね、
遅すぎる晩飯を済ませて暗い夜道を歩きながら、久し振りに鼻歌でも歌いたい気分です。