はたけ少年のカタチ

大好きなあの人に、お世話になったあの方に、気持ちを形にして渡したいですね!


淡いピンクの下地にポップな文字で書かれた菓子屋の呼び込みチラシを見ていたら、

「なんだはたけ、おまえチョコもらえなかったのか?」

と、先生は含むものを感じさせずにくすりと笑った。それから、鞄から明らかに義理とわかる袋売りのチョコレートを三つばかりとりだし、カカシの手のひらの上に落とした。

「もらいものだけどね。はたけにやろう」

どうしてか満足げな先生の顔と手のひらのチョコレートを交替で見て、カカシは気付かれないようにそっと苦虫を噛み潰した。

義理の義理、さしずめ先生の気持ちはこんな程度なのだ。

「失敬な。オレだってもらいましたよ。先生こそ、こんな義理しかもらってないんでしょ」

「お? 生意気な。そんなこという奴にはやらん。返せコラ」

先生は一度はカカシに寄越したものを奪い返そうと手を伸ばした。

カカシは手のひらを握り、胸に抱きこむようにして肩で先生を阻むと、先生に抱かれるようで鼓動が早くなった。それは無理やりな発想だたが、普段まったく接触がなく免疫がない分、体温が上がるのは仕方がなかった。

「いや、もらっときますけど。かわりにこっちをあげます」

義理の義理を握り締めたのとは逆の手で、鞄の中から白い紙袋を取り出して先生の胸元に突き出した。素っ気ないそぶりのそれは、しかし一目で売り物でないとわかる。

先生は眉根を寄せてカカシをたしなめた。

「せっかく女の子がくれたものを人にやるなんて思いやりがないぞ」

カカシは一瞬、唇を噛んだ。先生はなんてひどい人かと思った。

カカシの気持ちを知っているくせに、簡単に忘れて、なかったものと踏みつけにする。

だったらカカシだって、知らないふりをするしかないじゃないか。すきとか、自分の内側から溢れてくる気持ちとか、全部ないように扱うしかないじゃないか。

そんなのはひどいだろう。

思いやりがないのは先生のほうだ。

「……違いますよ。てかこんな包装するなら義理とかついででしょうよ。オレこうゆうの作るの案外うまいんですよ」

幼いときから一人の暮らしが長いから、料理は自分でする。自分のためだけに作る作業は空しかったから、そのなかに楽しみを見つけ出した。そうしたら、いつの間にか苦ではなくなり、料理をすること自体が好きになった。

その幼いときに面倒を見てくれてたのが、カカシの母親の遠い親戚で父親の後輩だった人で、今は大きな会社のご令嬢と結婚をして四代目の社長と、カカシの後輩で先生の教え子のうずまきナルトの父親をしている。

そしてそのご令嬢というのがはねかえりの男勝りで、父親の会社で娘という以上の立場と成績を確立した。そのかわりに、奥向きのことが苦手で、だから今回旦那に渡すチョコレートを自分で作りたいと息巻く彼女にカカシが呼び出された。ナルトが三才くらいになるまで仕事を中断して母親に専念していた彼女に大いに世話をかけ、それ以降も何かと気にかけてもらっているカカシであるから、臨時で彼女の菓子作りの講師になったのだ。

本格的なケーキを作ろうとして、ぺしゃんこにした彼女は、ふてくされてケーキの残骸を睨みつけた後、

「ま、私の力量なんてこんなものよ。いいわ。こういうのは、いかに難しいとか手をかけたとか、お金を使ったとか、そういうことじゃないのよ、ようは気持ちの問題よ」

と妙にさばけた様子で、簡単にチョコクッキーを作ったのだった。彼女に教えながらカカシが作ったのがこれだ。

まあ彼女たちの場合、どんなものを渡したって仲良くなるのは決まっている。

先生は驚いて包みを開けると、

「はたけが作ったのか、すごいな」

感嘆の声を上げ、中からひとつ取り出すと、ためつすがめつ見やってから、いただきますと一口に放り込んだ。

カカシは急に気恥ずかしくなって早口に付け足すと、後頭をかいた。

「ま、ついでなんですけどね」

というのは半分は言い訳だ。

だけど本気なのだと渡したら傷つくのはカカシだ。

それをなかったことにされても、一月後に答えをもらったとしても、どちらも同じことなのだ。大人になったらまたこい、というのは先生からの提案だが、時期を待つのはそれ以上にカカシの逃げ道だ。

たとえカカシが女の子でも本気のチョコレートは渡せない。それでもカカシは気持ちを形にしたかった。簡単に忘れる先生に、そっと提示する。その形さえせいぜいお世話になった人への感謝に取繕わなければならないが、形にするならこんなものだ。

少しでも好意を示しておかないと、この大雑把で無神経でデリカシーのない先生のことだ、まったくカカシの思いなど記憶の彼方に消し去ってしまうに違いない。

先生はもごもごと動かしていた口をつかの間止めてカカシを見た。そして一瞬何かを考えるようにして口を開きかけ、閉じた。それから、柔らかい日差しに春が芽吹くように、ひどく優しく微笑んだ。

「うまいよ」

一度尻の辺りで砂糖の付いた手を払うと、カカシの頭を乱暴に撫でた。

じんわりと、胸が歓喜にざわめく。カカシは俯いて、緩む口元と血の上った頬を先生の目から隠した。

先生はずるいひとだ。こんなに簡単にカカシをロウラクする。