世話になった先生が倒れて病院に運ばれたときいて、ちょうど休みだったので見舞いに行った。オレの予想では、カカシ先生はまた写輪眼の使いすぎによるチャクラ切れで病室のベッドでひとりへたっているはずだった。
ところが向かう途中でつかまったイノに同期価格で持たされた花を持って病室の引き戸を引くと、まず飛び込んできたのはここにはいるはずのない人の声でオレは驚いた。
そりゃあカカシ先生はあれでも上忍で、アスマのおっさんやキバんところの先生や激眉先生とか信頼できる仲間がいるのは知ってるけど。
「おう、ナルト、久し振りだな! なんだ、カカシさんの見舞いか?」
でも、イルカ先生って。
驚くオレに頓着せずにイルカ先生は自分の座っていたカカシ先生のベッドの脇をオレに明け渡して、自分はお茶を用意しにいってしまった。
イルカ先生は中忍で、カカシ先生は上忍だ。それだけなら任務を一緒にしたとか接点があるかもしれないけど、イルカ先生は内勤のアカデミー教師で、カカシ先生は他国のビンゴブックに名を連ねるような外勤でしじゅうどこかで暗躍している。
そんなふたりがどうして一緒にいるんだ。不思議に思わないほうが変だ。
カカシ先生を振り返ると、カカシ先生は普段とは変ってあらわになった両方の目元で苦笑いした。それから、
「元気だったか?」
「オレってば若いからね。カカシ先生こそ良い格好じゃん」
「まあな。おかげさまで絶好調だよ」
「カカシ先生もそろそろ年なんだからさ、すっげえ任務はオレらに任せてさ、あんま無理すんなよ」
オレが冷やかすとカカシ先生はわざとらしく肩をすくめて見せた。
「オレもそろそろ隠遁生活がしたいんだがな。どうも突っ込んでいって無茶ばっかりする後進が心配でついね」
ムッとしてオレが反論しようと口を開きかけると、お茶を持ってきたイルカ先生の声が横槍を入れた。
「突っ込んでいって無茶ばかりするのはどっちですか。そのざまを見なさい、心配なのは誰です」
冗談ぽい口調で、でもいくらかの棘を含んでぴしゃりとイルカ先生が言うとカカシ先生は黙った。不貞腐れて視線を逸らす。そのしぐさがカカシ先生に似ず随分と幼いのにオレは意外な気持ちだった。
それからこの話題の不利を悟ってカカシ先生はすぐに水をオレに向けた。そうしたらイルカ先生もその話に乗って、見舞いに来たのはオレなのに、調子を尋ねられるのもオレになってしまった。
イルカ先生には次から次へと心配事があるみたいで、オレはずっと一人で生活してきたしそんなのは慣れっこなのに、任務や生活、飯の心配までされた。こういうとき、イルカ先生にとってオレはいつまで経っても手のかかる問題児なのだな、と思う。先生には内緒だけど、オレはイルカ先生を父ちゃんみたいに思っていて、当たり前のことを当たり前みたいに気にかけてくれると、オレは尻の辺りがもぞもぞして落ち着かない気分になる。くすぐったい。
茶菓子もいっぱいすすめられて、オレがうまいって食べるとイルカ先生は嬉しそうに笑った。そして、久し振りに一楽へ行こう、奢ってやるぞ、と言われてオレは飛びついた。あの頃と違ってオレは奢ってもらわなくても自分の稼いだ金で食べられるし、内勤で固定給のイルカ先生とは違って出来高制のオレが逆に奢った方がいいくらいだけど、イルカ先生が奢ってくれるラーメンは格別なのだ。
「やったね!」
「またあんたはそんなものばっかり食わせて!」
オレが喜んでると眉根を寄せてカカシ先生が口を挟んだ。
「たまにはいいじゃないですか」
「あんたにはたまでもナルトにとっちゃあいつものことですよ。おいナルト、お前はもっと野菜を食え野菜を」
カカシ先生もイルカ先生も主にオレにばっかり話をさせて二人で話すことなんてあまりなかったから気付かなかったけど。あんた、なんて呼んで。そんなふうに気安く声を掛けれるやつなんてオレだってそんなにいない。
「げぇー野菜はいらねえってば。ところで先生たちって仲良かったの?」
オレが首をかしげると二人はそろって「仲?」と聞き返して、それから「いいよ」と答えたのがカカシ先生で、「悪い悪い」と顔の前で手を振ったのがイルカ先生だった。それで言った後にお互い視線を合わせて、同じタイミングでまた逸らした。
それから先に口を開いたのはイルカ先生で、
「この人とは意見が合わないからな」
と目を細めた。それは別に嫌っているから言うわけではなくてただの事実のようだった。現についさっきこの二人は意見が合わなかったばかりだ。この意見にはカカシ先生も同意見のようで何も言わずにほんの少しだけ肩をすくめただけだった。
「ジャガイモとニンジンと玉ねぎと肉をそろえておいたらカレーだろ? なのにこの人はシチューを作るんだ、信じられるか」
「どっちも似たようなものじゃん」
「分かってないな、ナルト。カレーとシチューじゃ大違いだ。オレが求めてるのはまろやかさでなくて辛さなんだ」
「そんなこといってあんた、うまいって食べてたじゃない」
「そりゃあうまかったですけどね、オレはカレーが食べたかったんですよ」
カカシ先生は心持ち頬を膨らませて、イルカ先生はそっぽを向いた。
「カカシ先生って料理できるの?」
「しなきゃ何食うんだ」
呆れていったのは本人だ。
「結構上手なんだぞ。今度食べに来いよ」
その腕をほめて誘ったのはイルカ先生だった。なんで当たり前みたいに、
「カカシ先生の手料理を食べるためにイルカ先生んち?」
たぶんオレは素直に不思議そうな顔をしているだろう。それを少しの間見つめてからイルカ先生は憮然と言った。
「ああ、そりゃあお前、この人がうちの居候だからだよ」
「イルカ先生んちの? なんで? 逆じゃねえの?」
「残念なことに逆じゃねえんだよ。この人は高給取りのくせにけちなんだ」
イルカ先生が言うと今度はカカシ先生も黙ってはいなかった。
「居候なのはオレたちが仲良しだからでしょ」
カカシ先生は青の視線を半分伏せて銀色のまつげで覆い隠すとちろりとイルカ先生をうかがった。
「けちなんていうなら上忍のプライドにかけて一軒家買っちゃいますよ」
なんでそうゆう話になるのかちっとも分からなかったけど、イルカ先生には十分嫌がらせになったみたいで、渋い顔をした。なんでそれでそんな顔するんだ。それからすぐにオレの方に向き直って、
「な、もう二、三日でカカシさんも退院するからさ。時間があればいつでも来いよ」
カカシ先生が「病み上がりをこき使う気?」と不平をもらしたけど、イルカ先生はきれいに無視をして、壁に掛かった時計に視線を走らせると「そろそろ行くか」とオレを促した。
一楽へ向かう途中、オレはもう一度「先生たちは仲が良かったんだな」といった。
本当を言えば、少しショックだ。家族みたいに思っていた人がオレに見せるのとは違う顔で、怒って笑うのだ。オレの知ってるイルカ先生は大きな声で怒って大きな口で豪快に笑うはずなのに。
そりゃあカカシ先生のことだって尊敬しているし好きだけど、だからって、カカシ先生が上司じゃない顔をして親しそうにあんたなんて呼びかけて飯を作る姿なんて思い至らなかった。受付で会ったって大して言葉を交わさなかった二人が、事務的じゃない顔でオレに黙って親しくしてるなんて意外だしショックだ。
とつとつとオレが言えばイルカ先生は病室でしたみたいに軽い口調で「仲なんて良くないよ」と笑った。オレが不審気に横目を向ければイルカ先生は苦笑した。
「親しいといえば親しいけどな。意見が合わないのも本当だぞ」
それから笑い声をたてたりはしなかったけど、口の端は豪快に持ち上がった。
「価値観が違うんだ。だからオレたちはいっつもけんかばっかりさ」
オレが良く知るイルカ先生とは少しだけ違う、けど、オレの良く知るイルカ先生の顔だ。その顔を見ながら、なんとなくオレは同じ高さの視線に気がついて見当違いなところで驚いた。