あっつい。あついあついあつい。
……さむい。
あつい。
暑さで人間は溶けるんじゃないだろうか。
水を吸って重そうだった洗濯物はあっという間に乾いたけど。人間は水浸しだ。
十数年前に買った年季の入った扇風機が風力強でうるさい音をたてて風を送ってくれるけど、少しも涼しくならない。それでもこんな生ぬるい風でもないよりはましなんだけど。
エアコンが欲しい。そしたらこんなベランダのすぐ側で素っ裸に近い格好して大の字を作らなくても済む。
「ただいまー」
低い声が玄関からしたけど、どうせカカシさんだから立って出迎えるまでもないだろう。
てか「ただいま」じゃなくて「こんにちは」だろ。
「ただいま、イルカ先生。お、はみチンですか、イルカ先生。いいですねー、風情があります」
アホか。つっこむのも面倒だ。
「……おかえり」
「新手の誘惑? むしゃぶりつきたい衝動? こっち向いてーイルカセンセー」
近づいてくる足音はなかったがまたぐらで話しかける声がする。きっとしゃがんでトランクスの隙間を覗き込んでるんだろう。
蹴倒してやりたい。
足を持ち上げるのも億劫だからしないけど。てか蹴ってもきっと避けるだろうし、避けられたら癪だ。今は怒ってやれるほど元気ないです。
それよりも、
「そこどいてカカシさん。風がこない」
風の確保の方が重要だ。だけど、扇風機の前に現れた障害物をみてそれどころじゃないくらい驚いた。
「あっつ! あつい、暑苦しいよあんた!」
カカシさんはこの暑いのにいつもと同じ格好で、長袖の支給服に黒い口布を鼻まですっぽり覆い隠していた。そんなんじゃ蒸れて鼻水たれるだろ!
つか入院中は恥ずかしげもなくノースリーブなんて着てたくせに。
「うわー、暑くないんですかあんた」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、イルカ先生修行が足りてないんじゃない?」
ふふ、と含み笑いをしながら口布を下ろした素顔はいかにも涼しそうだった。鼻水もたれてなかった。
ちょっと腹が立った。
「すみませんね! オレは暑いんで早くどけ」
どうせ当りもしないのにおもわずカカシさんに向けて足を振り上げると、足首をとられて気付いたときには膝をがっちり抱え込まれていた。
それから足を抱きかかえたまま、器用に歯で手甲を外すと、生の手が腿の裏を撫で上げた。
「んー、じゃあ先生も涼しくなるように修行に付き合って差し上げましょ」
きわどいところに置かれた体温があつい。
「よけいなお世話です」
カカシさんのじわじわと近くなる顔を自由になるほうの足で阻む。
「……なに、この足」
「寄るな暑苦しい」
ぐいぐい押したら土踏まずの弱いところを舐められた。
おもわず変な声が出てしまって、それから恥ずかしさで体温が上がった。それをごまかすために(カカシさんをじゃなくて自分をだ)、何度も何度もカカシさんの顔を蹴ったくっていたらさすがに止められて、両足の自由はなくなってしまった。
「いっそ気温より暑くなれば涼しく感じると思いませんかイルカ先生」
「思いません。放せ変態」
「そのうちくせになりますよ、快感ですよ」
「いりません」
ただの意地だ。暑いし腹は立つし、なんでもノーと言いたいね。
「暑苦しい格好で近寄らないで下さい」
カカシさんは引きつった顔で無理に笑った。左の口角だけが持ち上がって悪人みたいだ。
それから手早くベストを脱いで、あつそうな黒い服を捲し上げて、顔と同じでやっぱり涼しげな(要は日焼けしてない)たくましい筋肉をさらした。あらぬ方向へ飛んでいる白っぽい髪の毛が黒い服の中に一瞬隠れて、すぐに現れて、左手に捏ねた服が強い風に煽られて少しだけ翻ってから柔らかい音をたてた。
その動作があまりにもしなやかで、自由になったはずの両足は自らの意志に縛られたままになってしまった。
「コレならいいの?」
といって、目を覗き込んだカカシさんにまた押さえ込まれる。
ようやく我に帰って、それからやっと今逃げればよかったと思い至った。
「よくないです!」
近寄る頭を、髪の毛をむしる勢いで引っつかんで押しのけようとすれば、カカシさんは、痛い痛いと言いながらその手はちゃっかりオレのわき腹をくすぐる。
弱いこと知っていてそうゆうことするのだからずるいったらない。
「ぎゃー、わはは、……やめ、やめてぇ、ばかこら」
身をよじって暴れながら反撃とばかりにさらされたカカシさんの乳首を掴むと思いっきり引っ張ってやった。
「ギャー! いた、痛いいたい、ちょ、まわさないでとれる……!」
くすぐったいのと、カカシさんの顔が必死なのがおかしいのとでつい笑ってしまった。
「取れたらそれしゃぶってたらいいじゃないですか、自給自足で」
「く、くのやろお、なんて憎らしいことを…! 思い知らせてやる!」
歯を食いしばって、唸るように言うと猛然と襲い掛かってきた。堪らなくて、笑いながら転げまわった。
それからやられっぱなしは悔しかったので反撃して、大の大人が二人して暑いのも忘れて転げまわった。
二人の肩で息を付く音と、扇風機が風をまわす音がやけにうるさく耳についた。
二人して汗を滲ませながら大の字になって床に寝転ぶ。腕に乗っかったカカシさんの腕が汗と熱でとても不快だ。
「ちょっと暑いんで離れてくださいよ」
腕を振り落とすとカカシさんはため息のように、ヒドイ、と言った。
扇風機が送る風は首も振らずに太股をなでて腹を冷やしてくれる。
「あー、あつい」
「アンタはまだいいじゃない、オレにも風下さい」
「火もまた涼しいんじゃなかったんですか」
「イルカ先生は火よりも熱いんです、知らないんですか」
「じゃあもっと冷やさないとオレ死んじまいますね」
カカシさんは言い負かされてくそ、と悪態をついた。どうせオレは起きる元気ないんだし、勝手に扇風機の首を回したら良いのだ、本当は。
「ところであんた何しにきたんですか」
「イルカ先生といちゃいちゃするために決まってるじゃない。あーあ、どうせ暑くなるなら気持ちいいのがよかった」
カカシさんはふてくされたように言ったけど、知ってるんだからな。年甲斐もなくきゃっきゃとじゃれながらあんたがとても嬉しそうに笑ってたこと。
「はじめっからそんな気ないくせに」
そんなカカシさんはおかしいし、そんなの見てしまったらこっちだってこそばゆい。自然笑いが混じって、それを鋭く察知してカカシさんは勢いよく身を起こした。
「あ、疑うんですかオレのすけべごころを」
腹に手が乗せられて、その感触にため息が出そうになる。すぐにその手は官能を引き出そうとするように動き出した。それがもどかしくて、まさぐろうとする手をとらえてまた腹に引き寄せた。
「あー……、きもちいー」
「……あついんじゃなかったの」
確かに顔も腕も足もどこもかしこも熱を発して暑いけど、どうしてだろう、カカシさんのこのてのひらは特別だ。
腹の奥からじんわりと熱が広がって、心地よい。
その熱が腹の底から安心感を呼んできて、なんだか意識が溶けそうだ。