ごく近くで負傷者が出て救援を求めた部隊があったので、医療忍者である私はその救援に向かった。動かすのも危うい怪我をした仲間の状態を確認してすぐに手当をすると、それほど大怪我ではないチームを組んでいた他の二人の様子を見て病院へ連れて行った。
医者に引き渡すと私の任務はそれで終了となったので報告書を提出するために受付へ向かう。
木の葉にも珍しい銀色の髪を太陽の光にきらきらさせて歩く猫背の背中を見つけたのはアカデミーも目の前に迫ったところだった。私はちょっと走って追いかけた。
「カカシ先生!」
私が呼ぶとカカシ先生は足を止めて振り返った。それから私が先生のもとに足を止めるまで待って、唯一あらわな右目だけでにこりと笑った。
「久し振りだな、サクラ」
「はい、お久し振りです。ご無事で何よりです。先生もこれから報告書ですか?」
聞くと先生は柔らかに笑ったまま頷いた。
この人に上忍師になってもらったとき私は子どもで少しも気付かなかったけど、カカシ先生は怪しげな風体をしていて、左目は額宛で隠しているし鼻まで覆面で覆っているしで、一見表情を読みにくいように装っている。それなのに、私は、いや、たぶん私と一緒にこの人のもとについたサスケくんやナルトだって、この先生を取っ付きにくいとは思わなかったと思う。
下忍選抜のサバイバル演習ではその圧倒的な強さに遊ばれていると思ったし、恐怖を感じたけど、それ以外ではカカシ先生はひどく表情豊かで愛嬌のある優しい先生だった。
その豊かな表情が子どもの私たちを無為に怖がらせたりしないために計算ずくで作っているものだと気付いたのは、外回りの任務をカカシ先生の部隊で一緒にしたときだ。
戦場でのカカシ先生は怖いくらいに表情が読めない。それでも私が声をかけると安心させるみたいに目を細めて笑うのだ。それで私は、今までずっとカカシ先生は気を使ってくれていたのだと気付いた。
計算ずくでと言ったが計算ずくというよりも、意図的にただ少し感情を大げさに表現して私たちにわかるように伝えてくれていた、と言ったらちょうどいい。
先生は木の葉でも一流の忍びだから感情や表情のコントロールも一流だ。
私は先生がそうして感情を伝えてくれるのを見ると、先生にとって私はいつまで経っても初めて受け持った小さな下忍なのだと思う。
だって私はもう結婚もして子どもも産んだ。もう私は先生が私たちの先生になったときと同じくらいの年になったのだ。
だから先生がいつまでも「大切な部下」として私を見てくれるのはうれしいけど、それはとても気恥ずかしくもあるのだ。
私は先生と連れ立って受付へ向かった。
「サクラは外回りに戻ったの?」
カカシ先生は私が報告書を出しに行くのを疑問に思ったのだろう。
「いいえ、まだ。でもだいぶ子どもも大きくなったので、大きい任務はまだむりですけど、近くて簡単な任務からまた復帰していこうかなと」
「里内でもサクラの仕事はできるよ」
「でも一番必要なのは戦場ですから」
「まあね。ところでいくつになったの、子ども」
見上げるとカカシ先生はちょっと小首をかしげて聞いた。私は六つです、と答えた。
それから、アカデミーに入学したことを話したのは、アカデミーからの悪友とした話が記憶に新しかったからだ。
彼女のところの子どももうちのと同じ年で春に入学した。私たちの子どもの担任の先生は私たちが生徒だった頃と同じだった。
それで、
「上忍師まで一緒だったらどうする?」
「あはは、それはなんか笑えるわ、やっぱりエロ本とか読んでるのかしら。それはいやだわ」
「あー、でもどうせ世話になるんだったらあんな熊よりもっと若い人がいいわよねー、たとえばサスケくんとか」
「あ、ちょっといのブタ! サスケくんは卒業したんでしょ!」
「なによデコリン! あんただって同じでしょ、いいかげんあきらめなさいよ!」
と相も変らずやり合った。
自分の子が同じ教師の世話になるというのがおもしろくてなんだか自慢したかった、それにこれで上忍師も同じだったら架空の話でももっとおもしろいだろうと思ったのだ。
続けてそう話そうと思って言った。
「それでね、イルカ先生が担任だったんですよ」
私はにこにこして言ったが、カカシ先生の反応は薄かった。それで私はイルカ先生とカカシ先生にはあまり面識がなかったかしら、と思い、
「覚えてませんか? 私たちがアカデミーでお世話になった先生なんですけど。受付にもよくいたんですよ、ほら、顔の真ん中に一本線のある」
慌てて説明を付け加えながらカカシ先生を覗き込んで、私は途中で言葉を呑んだ。
だって、私に向ける大げさな表情が、いっこきり見える先生の目には作られていなかった。
それで先生は、
「おぼえてるよ」
と笑ったのだ。
それは雪が溶けるような、あるいは花がほころぶような、この世でもっともきれいで大切なものばかり集めて作ったようだった。淡く、儚く、少しでも触れたら壊れてしまいそうなくらいきれいだった。
ほんのちょっとだけ細められた目はいつもの計算された完璧な笑みじゃなくて、隠そうとしてもこぼれて溢れてしまいそうに、一瞬だけきらめいた。
先生の反応が薄いと感じたのは面識がなかったせいではなくて、突然思いもよらないところから思いもよらない話題が出てきて驚いていただけだったのだ。
私は心臓が引き絞られる思いがした。
だって先生、先生はいま自分がどんな顔をしているか分かっているの?
そんな顔私はいままで一度だって見たことがありません。
それから一瞬脳裏をよぎったのは、
カカシ先生はどうして独身なの、とか、
イルカ先生は、とか、
カカシ先生が長期任務を選んでこなし始めたのはいつだったか、とか、
だってカカシ先生はいつも、とか、
そんなことだった。
私は見てはいけないものを見てしまったような気がして、子どもじみた気持ちでそんな話題を出したことを後悔した。
走って逃げたい衝動をこらえるのがやっとで私はその後どんな話をしてどうやってカカシ先生と別れたのか覚えていない。
自分が恥ずかしかった。
先生が大事にしまった秘密をこっそり鍵穴からのぞいてしまった気がしていたたまれなかった。
そして、そんな秘密を大切に大切にしまっておく先生がとても悲しかった。